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2013年12月12日 (木曜日)

いねいねと人に言はれつ年の暮(路通)

 焦門の俳人路通の句です。

いねいねと人に言はれつ年の暮】(いねいねとひとにいわれつとしのくれ)

(意訳)どこへ行っても相手にされず、「いねいね(去ね去ね)」と言われてばかり。そんな年の暮であることよ。

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 「いね(去ね)」は、強意の「帰れ」です。京都(関西?)では今でも、気にいらない人が来ると、『はよ、いね!(早く帰れ!)』ということがあります。

 路通は、放浪の乞食生活をしていたのを芭蕉に見いだされて入門したと伝えられています。その出自の悪さからか、人に対して驕慢・横着な性格で、同門の人々に疎まれました。芭蕉にたいしても義理を欠く行動があったと言いますから、他の門人たちもよほど腹にすえかねたのでしょう。路通が訪ねていっても相手にしなかったものと思われます。そういう背景を知ると、この句の意味がよくわかります。

 ただ、師走の忙しいとき、特別に用もない人の訪問を受けると、『もう、うっとうしいなぁ。早く帰ってくれたらいいのにぃ』 と、だれしもがボヤくものです。そう考えると「年の暮」がよく効いた、普遍性のある句とも考えられます。路通の代表作として、人々の共感をよぶのもそのせいでしょう。

 いずれにしても、訪問先から「いねいね」と言われるのは、あまり気持ちのよいものではありません。われわれはFacebookをもじって、【いいねいいねと人に言はれつ年の暮】でありたいものです(笑)

【838】

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