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2013年12月 4日 (水曜日)

ちとたらぬ僕や隣の雪もはく(一茶)

 小林一茶の句です。

ちとたらぬ僕や隣の雪もはく】(ちとたらぬぼくやとなりのゆきもはく)

(意訳)お人よしの下僕もいたものだ。隣屋敷の前の雪までも掃いているよ。

※「ちとたらぬ」は、ちょっと足りないの意。足りないのは、機転、判断力。

※「僕」は、下僕。召使い、下働きの男の意。現代語で使う一人称の「僕」は、自らを下僕のようだとして、へりくだった言い方が定着したもの。

ーーーーー

 武家屋敷か大店の門前、玄関先で、下僕がひとり、通りを掃いています。今朝は大雪で、掃き掃除というより除雪作業です。南国生まれで雪が珍しいのか、一生懸命掃いているうちに、自分の屋敷前だけでなく、隣の屋敷前まで掃き清めてしまいました。作者は通りをはさんだ向かい側からその姿を見ていたのでしょうか。それとも作者が世話になっている屋敷の下僕なのでしょうか。両隣りは犬猿の仲なのか? あるいは主人が出て来て「隣の家の前まで掃くバカがあるか!」と怒っているのか? …と、いろんなことを想像させる句です。

 ただし、作者一茶の狙い目は、単に「ぼく」と「はく」のシャレだけなのかもしれません(笑) 語呂はいいし、イヤミもありません。こういうたぐいの作品は、クスッと笑ってあげるのが一番の鑑賞法です。よく言えばお人よし、悪く言えば間抜けたこの下僕は、ユーモラスで憎めない人物でもあります。

【830】

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