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2014年1月27日 (月曜日)

苦吟(杜荀鶴)

 晩唐の詩人、杜荀鶴の詩です。

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「苦吟」

世間何事好(せけんなにごとかよき)

最好莫過詩(もっともよきしにすぐるはなし)

一句我自得(いっくわれみずからうれば)

四方人已知(しほうひとすでにしる)

生応無輟日(せいはまさにてつじつなかるべく)

死是不吟時(しはこれぎんぜざるとき)

始擬帰山去(はじめよりぎすやまにかえりさるを)

林泉道在茲(りんせんみちここにあり)

(意訳)世の中で好きなものは何だろう。もっとも好きなのは詩で、それにまさるものはない。私が一句モノにすれば、四方の人が鑑賞してくれる。生きている間、詩を綴らない日はなく、詠まなくなったときが死ぬときだ。そもそも始めから山に帰りたいと思っていたのだ。林泉への道はここにあるのだから。

※林泉=林と泉、転じて自然に親しむ隠遁生活。

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 杜荀鶴の作品は、心頭を滅却すれば火もまた涼しのフレーズで有名な「夏日題悟空上人院」(かじつ ごくうしょうにんのいんにだいす)の詩以外、ほとんど知りませんでした。先日、ブログのネタ探しをしていたところ、この詩が目にとまりました。詩歌好きの私の心に響いたのは言うまでもありません。今回の記事は“鑑賞”というより、私自身が“感激”しただけのことです。詩を作ることの楽しさをうたっているにもかかわらず、「苦吟」という題がついているのが笑えます。

【884】

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コメント

笑えます、とは如何な感想でしょうか。私にはとても笑う気にはなれません。

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