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2014年1月23日 (木曜日)

しら珠の珠数屋町とはいづかたぞ中京こえて人に問はまし(山川登美子)

 明治の歌人、山川登美子(1879-1909)の歌です。

しら珠の珠数屋町とはいづかたぞ中京こえて人に問はまし

意訳:(しらたまの)珠数屋町というところはどこにあるのかな? 中京を越えたあたりでだれかに聞いてみましょう。

 山川登美子は福井県の出身。この歌は、病気療養のため京都の姉のもとに身を寄せていた作者が、西本願寺門前の珠数屋町を訪ねていった際に詠んだ歌だそうです。以下、歩きながらの途中吟と解釈して鑑賞してみます。

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 1、「しら珠の」…万葉集の例などにより、「しらたま」は真珠のこととされますが、ここでは枕詞の意味に取るのがよいと思います。「しらたまの珠数屋町」…すばらしい歌いだしです。

 2、「数珠屋町とは」…その名のとおり、珠数をはじめとする仏具屋の町です。どういう用件があったのかはわかりませんが、「じゅずやまち」というおしゃれな名前に感動した彼女は、ぜひとも訪ねてみたくて家を出ました。

 3、「いづかたぞ」…姉の家は上京(区)にあったそうですから、下京(区)の本願寺までは徒歩で小一時間です。『丸竹夷二押御池(まるたけえびすにおしおいけ)』、…丸太町、竹屋町、夷川、二条、押小路、御池と、京都独特の通り名の道を横切るたびに彼女の心は高揚していきます。わくわく感が「いづかたぞ」に集約され、強調されています。

 4、「中京こえて人に問はまし」…京都市内(たとえば烏丸通)を南へ下がると、だいたい四条通までが中京(区)です。四条通は京都のメインストリート、繁華街です。道幅も広く、歩く際の目安になったと思われます。そこまで行けば、だれに聞いても珠数屋町の場所を知っていることでしょう。『さあ、もう少しで中京を越えるわ。そろそろだれかに聞いてみようかしら』 本願寺前の珠数屋町まではあと少しです。まだ見ぬ珠数屋町に対する彼女の期待は最高潮に達します。

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 当時、彼女は重い病気(結核)を患っていました。仏に救いを求める気持ちもあったでしょう。心は冷めていながらも、本願寺へと風情ある京の町を歩き、珠数屋町という町名を探すことは、十分に彼女の詩心をくすぐりました。彼女の興奮は、全体を通じての流れるような調べに最もよくあらわれています。

しらたまの じゅずやまちとはいずかたぞ なかぎょうこえてひとにとわまし

 いいですねぇ。日本語が美しいです。

8801 (堀川通に面した西本願寺総門、奥が珠数屋町)

※勝手な鑑賞であることをお断りしておきます。

【880】

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