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2014年2月 8日 (土曜日)

世を捨てて身は無きものとおもへども雪の降る日は寒くこそあれ(西行)

 西行の歌と伝えられるものです。

世を捨てて身は無きものとおもへども雪の降る日は寒くこそあれ

(よをすててみはなきものとおもえどもゆきのふるひはさむくこそあれ)

(意訳)出家して世を捨てたからには死んだも同然と思っていたのに…、やっぱり雪の降る日は寒いなぁ。

 西行は俗名を佐藤義清(さとうのりきよ)といい、鳥羽院の北面の武士として仕えていながら、23歳で突然出家します。その後は漂泊の旅に一生を過ごしました。自らの思いを和歌に込めた西行なればこその歌です。所詮人間とは弱いもの。あの西行でさえ本音はこのようなものであったかと、想像するに余りあり、感動を呼びます。

 この歌、許六選の「風俗文選」には『西行上人像讃 芭蕉』として

すてはてゝ 身はなきものと おもへども 雪のふる日は さぶくこそあれ 花のふる日は うかれこそすれ】 

 の形で載っています。「世を捨てて」が「すてはてて」になり、さらに調べがよくなります。末尾の「花のふる日は うかれこそすれ」を、芭蕉が付け句したというのでしょうか。付け句は、

『出家した身でも雪の降る日は寒いというけど、西行さん。あなた、花の咲く日は浮かれていたのではないですか』

 ということでしょう。いやぁ、よくできていますねー。さすがに芭蕉さんです。換骨奪胎としては最高の出来です。これぞ古典の醍醐味。西行から芭蕉への流れは、日本の無常観文学の中心をなすものです。

ーーーーー

 …と思って感心していたら、実はこの歌、山家集などにはないので、後世の人が西行に仮託したものである可能性が高いとのこと。あちゃー、芭蕉もだまされた? あるいは芭蕉の付け句も、許六なり後世の人の創作?

 でもまぁ、それでもいいでしょう。西行の述懐歌としてはよくできているし、結果として私が感動すればそれでいいのだから。少なくとも、後世、好まれて引用されるようになったことは理解できましたしね(笑)

 ※タイトルに書いた「世を捨てて」の形は、江戸時代中期の京都の人百井塘雨(ももいとうう)が書いた旅行記、「笈埃随筆(きゅうあいずいひつ)」にあるものです。

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