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2014年2月16日 (日曜日)

小便の数もつもるや夜の雪(貞室)

 江戸時代前期の俳人安原貞室の句です。

小便の数もつもるや夜の雪】(しょうべんのかずもつもるやよるのゆき)

(意訳)夜の雪が積もる。体が冷えて小便の回数も積もる。

 この句が実感としてわかるのは、中年から初老のおじさん、おじいさんでしょうね。私自身50歳を越えてから、夜おしっこに起きることが多くなりました(笑)

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 この句の解釈について参考書を読んでいて、芭蕉の下ネタに関する考え方が去来抄に載っていることを知りました。この際引用してみます。

でっちが荷ふ水こぼしけり凡兆

初めは糞なり。凡兆曰く「尿糞のこと申すべきか」 先師曰く「嫌ふべからず。されど、百韻といふとも二句に過ぐべからず。一句なくてもよからん」 凡兆、水に改む。

(意訳)凡兆の【でっちが荷ふ水こぼしけり】の句は、はじめは“水”ではなく“糞(こえ)”であった。凡兆が師(芭蕉)にお尋ねした。「尿とか糞のことを句にしてもいいのでしょうか」 師のおっしゃるには「別に嫌うことはない。ただ百韻といえども二句を超えてはいけない。(歌仙なら)一句もなくてもよいだろう」…そこで凡兆は“水”に改めた。

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 【でっちが…】の句は、猿蓑「市中は」の巻にありました。猿蓑は芭蕉の指導のもとに去来と凡兆が撰をしたことで知られています。この逸話は、三人が顔を突き合わせて推敲している場面を彷彿とさせます。一字一句について真剣に検討を加えていたことがわかり、記録者去来の凡兆に対するライバル意識も感じます。

 それに比べて貞室の句は、同じ下ネタといっても、ただの「つもる」つながりのダジャレです。真剣に検討する必要もなく、プッと笑っておしまいです。まさに芭蕉以前、以後の俳諧の違いです。俳諧を芸術にまで昇華させた芭蕉の偉いところです。

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