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2014年2月 4日 (火曜日)

はだかにはまだ衣更着のあらし哉(芭蕉)

 「笈の小文」より芭蕉の句を勝手に鑑賞します。

はだかにはまだ衣更着のあらし哉】(はだかにはまだきさらぎのあらしかな)

意訳:(春とはいえ)裸でいるにはまだ寒く、衣を着た上にさらに着ている。そんな如月の嵐であることよ。

ーーーーー

 1、二月を「如月(きさらぎ)」と呼ぶのは、あまりの寒さのために(衣類を)着た上にさらに着る、着さら着、き・さら・ぎ、になったという説があり、

 2、如月といえば、西行の歌「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」の歌が思い出され、

 3、西行といえば、仮託されて書かれた撰集抄が思い出され、

 4、撰集抄といえば、巻頭の「増賀上人之事」に、伊勢神宮に詣でた際、夢のお告げに「名利を捨てよ」といわれた増賀上人が、その場で衣服を脱ぎ棄てて裸になったという説話があり、

 …これらすべてを重ね合わせて詠んだのが芭蕉の句というわけです。よくひねったものですね。

 句の心は、『自分には名利が残っていて、増賀上人のようにはとても裸になれない、まだまだ悟りの境地には達することができない』 というのでしょうか。西行に心酔している芭蕉の思いを知ることができます。ただし、真剣に詠んでいるにしては、「如月」と「衣更着」の掛け言葉が耳につきすぎます。笈の小文にあるこの句の前の句 「何の木の花とは知らず匂ひかな」 と比べて、はるかに余情を感じないのが残念です。

【892】

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