登科後解嘲(詹義)
入学試験の合格発表の季節を迎えています。今回は、詹義(せんぎ)という人の「登科後解嘲」なる漢詩を鑑賞してみます。
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「登科後解嘲」
読尽詩書五六担(よみつくすししょ ごろくたん)
老来方得一青衫(ろうらいまさにえたり いちせいさん)
佳人問我年多少(かじんわれにとう としのたしょうを)
五十年前二十三(ごじゅうねんまえ にじゅうさん)
※担=重さの単位。現在でいえば約50kg(中国)。「五六担」で、途方も無い量をあらわす。
※青衫=下級官吏の衣服。
(意訳)五六担(数百キロ)の重さの書物(経書)を読み尽し、老人になってやっと役人の衣服を着られることになった。きれいな女性に、年はいくつかと聞かれたら、五十年前二十三歳とでも答えようか。
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「登科後解嘲」とは、「科挙」に合格したのち、人の嘲りに弁解したとの意味です。作者詹義は七十歳を越えてから合格しました。詳細はよくわかりませんが、この詩は、そんな年齢になるまでよくぞ受験し続けたものだという、人々のアザケリともとれる祝辞にこたえた作品です。
『途方も無い量の本を読み、途方も無い時間を費やして、ようやく官吏の身分を手に入れることができた。一応エリートコースなので、美人が言い寄ってくることもあるだろう。そのときには言ってやろう、これでも五十年前は二十三歳だったんだぞ、と。』
本来ならもろ手を挙げて喜ぶべきところ、年齢が年齢ゆえに素直に喜べません。恥ずかしさと情けなさがにじみ出ています。「五十年前二十三」とはよく言ったもので、読むわれわれも、笑っていいものかどうか、しばし考え込んでしまいます。
長い人生、挫折感に打ちひしがれることもあります。受験生の中には志望校に合格できなくて、浪人される方もあるでしょう。志望校だけが学校ではありません。めげずに実力相応の人生を歩んでいかれることも選択肢のひとつです。詹義のように、せっかく有名校に合格しても、入学式の次に葬式が待っていたというのではシャレになりませんからね。
(科挙については、宮崎市定著「科挙ー中国の試験地獄」(中公文庫)に詳しく紹介されています。かなりおもしろくておススメです。この詩は同書にあったものを参考に、私なりに意訳しました)
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