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2014年2月17日 (月曜日)

待春や氷にまじるちりあくた(智月)

 俳諧七部集「炭俵」より、焦門の女流俳人智月(ちげつ)の句です。

待春や氷にまじるちりあくた】 (まつはるやこおりにまじるちりあくた)

(意訳)氷に混じる“ちり”や“あくた”でさえ、寒さの緩む春を待っているようだ。

 「ちりあくた」は漢字で書くと『塵芥』で、空気中のホコリやゴミ、転じて価値のないもののたとえです。そして、ここでいう「」とは、家屋のまわりの樋や桶の水が凍ったもの、あるいは軒下のつららのことでしょう。春間近い日差しに、解けた雫がポタポタと落ちるころになると、中に閉じ込められていた小さなゴミ・不純物が、はっきりと姿をあらわします。一見何の価値もない「ちりあくた」に、移り行く季節の造形を見つけたところに、この句の眼目があり俳諧があります。女性らしい繊細な観察力に驚き、「待春」にふさわしい表現力に感動します。

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 今年の冬は長いです。京都周辺では、現在伝えられている東日本のような積雪はないですけど、例年に比べて気温は低いように思います。2月も半ばを迎え、早く暖かくなってくれることを願います。

【905】

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