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2014年2月 3日 (月曜日)

冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ(清原深養父)

 古今集巻六冬歌より、清原深養父の歌です。

「雪の降りけるをよみける」

330【冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ

(ふゆながらそらよりはなのちりくるはくものあなたははるにやあるらん)

意訳:いまだ冬というのに、空から花が散ってくるのは、雲の向こうは春なのだろうか。

 ちらちらと雪の降ってくるのを、花びらの散るのにたとえています。いささかしらじらしいものの、「雲のあなたは春にやあるらむ」というフレーズには心ひかれます。長い冬にうんざりとした、ちょうど今頃の季節にこの歌を聞かされると 『そうだなぁ、もうすぐ春がやってくるなぁ』 とわくわくします。いかにも春を待つ気分です。

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 作者の清原深養父(きよはらのふかやぶ)は、清少納言のひいおじいちゃん(曾祖父)といわれています。百人一首にもある、

166【夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ

意訳:夏の夜はまだ宵のうちと思っていても、いつのまにか夜が明けてしまう。いったい雲のどのあたりにお月さまは宿をとっているのだろう。

 も深養父の作品です。この人、空を見上げながら空想にふけるのが好きだったのかもしれませんね。さらに古今集には承均法師(そうくほうし)の作で、

75【さくらちる花の所は春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする

意訳:桜の散る所では、春だというのに雪が降って、なかなか消えそうにない。

 という歌があります。こちらは深養父とは逆に、花の散るのを雪にたとえています。降雪を落花にたとえ、落花を降雪にたとえる…、なるほどこれが古今調の“見立て”というものでしょうか。たしかに、ほんわかとした風情を醸し出してますけど、

『なんかおかしいなぁ。普通に考えて、雪と花とは間違えないと思うけどなぁ』

 とツッコミを入れたくもなります(笑)

【891】

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