北野どの御すきものや梅の花(竹馬狂吟集より)
本日2月25日、北野天満宮におまいりしました。
いつもながらにぎわう天神さん。平日のためか受験生の姿は少なく、高齢者が目立ちます。
例によって拝殿には鈴振りの列ができていました。北野天満宮は京都市内でも有数の人気スポットです。遠来の参拝客が多いものと思われます。
そういえば、今月の天神さんは梅花祭でした。紅白の幕の中、野点が行われていました。幕の外から様子をうかがいつつ、写真を撮る人多数あり。われわれもその類いです。
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表題句を鑑賞します。室町時代の俳諧撰集「竹馬狂吟集」から、北野天満宮にちなんだ一句です。
【北野どの御すきものや梅の花】(きたのどのおんすきものやうめのはな)
(意訳)北野の天神さんといえば数寄者、いろんなことがお好きだったようですなぁ。ホレ、梅の花が満開ですわ。
1、「北野どの」とは、もちろん北野天満宮の御祭神、菅公・菅原道真のことです。一句の意味は『北野天満宮の梅が盛りを迎えた。天満宮といえば菅公。梅の花がお“好き”で、和歌や芸事に通じる“数寄”者だった菅公を偲びつつ梅を愛でようか』 となります。 が、それはあくまでも表の意味。ポイントは「すきもの」です。
2、「すきもの」は、本来「数寄者」で、芸道、特に和歌の道に執心な人のことを言いました。後にそれが茶の湯愛好者を指すようになり、さらに「色好み」の意味でつかわれるようになります。現在「好きもの」といえば、単に物好きのことですが、たとえば「あんたも好きね」といえば「好色」の意味になるのがその名残です。
3、すなわち、一句の裏の意味として、菅公が色好みだったことを茶化しています。親しみをこめて、「北野どの」と言っていますから、あるいは菅公の奥方を揶揄しているのかもしれません。記録によると、菅公には十数人の子供があったようです。正妻だけでなく、側室も数名いたことでしょう。その一人がまたも懐妊した。これで何人目? 菅公もお好きだなぁ(笑) というわけです。梅の花は梅干しにつながり、梅干しは酸っぱい、酸っぱいものがほしいのは妊婦さん。との連想も働きます。室町時代の参拝客は、このような句を作って笑っていたのでしょうね。余情は感じませんが、複雑な構成を持つ句といえるでしょう。
いずれにしろ、北野天満宮が梅の名所であることに変わりありません。本日、三分咲き程度だった梅苑の梅は、これから見ごろを迎えます。
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