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2014年2月 7日 (金曜日)

愛宕山しきみの原に雪つもり花つむ人のあとだにぞなき(曽禰好忠)

 京都を囲む山々が薄っすらと雪化粧しました。平安時代中期の歌人曽禰好忠の歌です。

愛宕山しきみの原に雪つもり花つむ人のあとだにぞなき

(あたごやましきみのはらにゆきつもりはなつむひとのあとだにぞなき)

(意訳)愛宕山の樒の原に雪が積もり、花を摘む人の姿も見えないことだ。(愛宕神社に参詣する人もいない)

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 京都市内に住む者にとってなじみの深い山といえば、東北の比叡山と西北の愛宕山です。愛宕山は、山頂部分がポコッと出ているのが特徴的な山です。蕪村に 『藪入りやよそ目ながらの愛宕山』 という句があり、京都人の愛宕山に抱くイメージを、そのまま言い表しています。街中のどこからもチラチラ見える愛宕山は、京都の象徴でもあります。

 曽禰好忠(そねのよしただ)のこの歌は最近知りました。好忠の家集の中でも「毎月集」という、一年360日を詠み込んだ歌の十一月三十日にあたる歌です。雪が降って樒の花を摘む人もいない。山頂の愛宕神社におまいりする人もいないだろうという詠嘆の歌です。あるいは「しきみ」に、雪が“頻り”に降る、または降り“敷き”る、をかけているのかもしれません。

8961 (京都市内から見た愛宕山)

 樒原(しきみがはら)という地名は、愛宕山の西北、現在の右京区嵯峨宕陰(とういん)地区にあります。市内中心部から見て、愛宕山の陰になるから宕陰です。樒(しきみ・しきび)は、国字で「梻」とも書き、普通は仏前に供えるもので、神社といえば同じく国字の「榊(さかき)」のはずです。それを愛宕神社では、樒を「花」と呼んでお供えするのだそうです。

【895】

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