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2014年2月21日 (金曜日)

かきくらしなほ古里の雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり(宮内卿)

 新古今春歌上より宮内卿の歌です。

「五十首歌たてまつりし時」

4【かきくらしなほ古里の雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり

(かきくらしなおふるさとのゆきのうちにあとこそみえねはるはきにけり)

(意訳)暗い空の下、古里に降る雪の中に、足跡のようには見えないけれど、春はやってきている。

 後鳥羽院宮内卿は鎌倉時代初期の女流歌人です。歌合せなどに活躍しますが、あまりにも歌作りに熱心だったために体をこわし、二十歳前後で亡くなったと伝えられています。この歌は17~18歳のころに詠んだものだそうです。

 立春が過ぎても、古里にはまだ雪が降っています。そんな雪景色にもかかわらず、『確実に春はやってきている』というのです。作者に見えているのは、雪の上につけられた足跡です。それを「跡こそ見えね」としたところがこの歌のポイントで、目に見える足跡を目に見えない春の足跡、未来の予測にすり替えたところに眼目があります。新古今集には、同じ宮内卿で、

76【薄く濃き野辺の緑の若草に跡まで見ゆる雪のむら消え

(意訳)薄いところ、濃いところ、野辺に芽吹く若草のまだら模様に、この間までの雪の積もり方が想像できる。

 の歌があります。「若草の宮内卿」と異名をとったことで知られるこの歌のポイントは、「跡まで見ゆる」です。先の歌とは逆に、作者は眼前の野原の色の濃淡を見て、過去を推測しています。若草のまだらな伸び方によって、雪の積もり具合、雪景色が見えるようだというのです。

 未来を「跡こそ見えね」と表現し、過去を「跡まで見ゆる」と言いあらわす。なんでもないようですけど、発想の転換があります。新古今集では4番、76番と離れていてわかりにくいですが、まるで一対の作品になっていることに気づきます。いかにも理知的で、宮内卿の才人ぶりがわかります。新人の歌合参加者、それも女性にこういう歌を詠まれて、古参の歌人たちが驚いたのも理解できます。若くして亡くなったのが惜しいです。

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(勝手な鑑賞であることをお断りしておきます)

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