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2014年3月31日 (月曜日)

春はものゝ句になり易し京の町(漱石)

 夏目漱石の句です。

春はものゝ句になり易し京の町】(はるはもののくになりやすしきょうのまち)

意訳:京の町の春というのは、どこを見てもそれなりの句ができるものだ。

 この句、漱石全集には明治42年の俳句作品として掲載されていますが、明治40年春の京都旅行の後、同年6月~10月まで朝日新聞に連載された「虞美人草」の冒頭部分、甲野さんと宗近君が叡山に登る際の描写に、次のように引用されています。

春はものゝ句になり易き京の町を、七条から一条迄横に貫ぬいて、烟る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数へ尽くして、長々と北にうねる路を、大方は二里余りも来たら、山は自から左右に逼つて、脚下に奔る潺湲の響も、折れる程に曲る程に、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更けたるを、山を極めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾を縫うて、暗き陰に走る一条の路に、爪上りなる向うから大原女が来る。牛が来る。京の春は牛の尿の尽きざるほどに、長くかつ静かである。…』

 また、明治30年作の「子規へ送りたる句稿二十三 四十句」に、

春は物の句になり易し古短冊

 という作品があります。どうやらいずれも同想で、はじめ「春はものゝ句になり易し」という真理・感慨を得た漱石が「古短冊」を取り合わせたものの、それではあまりにも付き過ぎていると思い、十年後に「京の町」という言葉を得て、あらためて虞美人草に収録したかのように見えます。あるいは句稿を送った段階で、子規に指摘されたのかもしれません。

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9474 (堀川)

 実際、京都の春は「ものの句になりやすい」のでしょうか?

9475(二条城)

 それは、私のような凡人にはわかりません。

9472(神泉苑)

 ただ、町を歩いていると、いろんな春の風景に出合えることは確かです。

9471(京都御所)

 なので、十年もの間温めた句に「京の町」という言葉を添えてくれたことに、親近感を覚えます。

9473(京都タワー)

 なんといっても、作者は「文豪」といわれる漱石ですからねえ。一京都人として感激です(笑)

【947】

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