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2014年3月10日 (月曜日)

謫居春雪(菅原道真)

9261

 三月も中旬を迎えたというのに、今回の寒波で京都市内にも積雪がありました。太宰府に左遷された菅公の最後の詩といわれる作品を鑑賞します。

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謫居春雪」(たくきょのしゅんせつ)

盈城溢郭幾梅花(しろにみちくるわにあふれて いくばくのばいかぞ)

猶是風光早歳華(なおしこれ ふうこうそうさいのはな)

雁足黏将疑繋帛(かりのあしにねやしては きぬをかけたるかとうたがい)

烏頭點著思帰家(からすのかしらにてんじては いえにかえらんことをおもう)

(意訳)大宰府の内にも外にも春の雪が降り積もって、どれほどの白梅が咲いたのかと見誤った。これは歳の初めに咲いた美しい花に相違ない。雁の足に雪が粘りついているのを見ては、蘇武が匈奴から帰還できた故事を思い、カラスの頭に白いものがポツンとついているのを見ては、燕の太子丹が故郷に帰れたことを思う。(…自分も家に帰りたい!)

 延喜三年(西暦903年)正月の作といわれています。「謫居」とは、流謫(るたく=罪を得て流される)の身の住まい。「春雪」は、新年早々に降る雪のことです。まるで梅が咲いたかと見まがうほど降り積もった雪に中国の故事を重ね、京都への帰還を願うという、複雑な構成を持った作品です。

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 前漢の蘇武は匈奴に捕らえられ、雁の足に白い帛書をかけて無事を報じました。燕の太子丹は秦の人質になりましたが、始皇帝からカラスの頭が白くなったら帰らせてやると言われ、天をあおいだらそのとおりカラスの頭が白くなりました。ともに、囚われの身から無事に帰ることができた故事です。いま太宰府には、菅公のお好きな梅の花が咲いたかのような白い雪が降っています。要するに、『これは吉兆に違いない! 新春早々縁起がいいぞ。私も京都に帰れるかもしれない』 というのですね。“白”つながりの連想です。

 残念ながら道真公は、この詩を詠んだ翌二月に亡くなりました。京都にはよほど帰りたかったのでしょう。無実の罪での左遷だけに、哀れさがつのります。

【926】

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