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2014年3月28日 (金曜日)

鏡石(都名所図会より)

 江戸時代後期の京都案内書である都名所図会に、「鏡石(かがみいし)」という名所が載っています。都名所図会は安永9年(1780年)に刊行され、ベストセラーになったといいます。掲載されている名所・旧跡は今日も観光客でにぎわっているところがほとんどで、江戸時代との違いを比較するのが、古典としての都名所図会の楽しみ方のひとつです。

 ところがこのおじさん、長年京都に住んでいますけど、「鏡石」なる名所は、見たことも聞いたこともありません。これはいったいどういうことなのでしょう? 当時のベストセラーに、まったくのデタラメが書かれているとも思えません。

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 そもそも鏡石とは何なのか? まずは、本文を引用してみます。

 鏡石は金閣寺の北、紙屋川のうへにあり。石面水晶のごとく影をうつすをもって名とせり。

『古今』 物名

【うばたまのわが黒髪やかはるらん鏡の影にふれる白雪】 貫之

(意訳)鏡石は金閣寺の北、紙屋川の上にある。石の表面が水晶のように物の形を映すので、鏡石との名前がある。古今集物名に、『うばたまのわが黒髪やかはるらん鏡の影にふれる白雪』 という紀貫之の歌がある。

9420_2 (都名所図会 巻六 後玄武より)

「(挿絵添書)鏡石は物の影よくうつりてあきらかなる怪石なり。むかし唐土に仙人鏡といふ石あり。形広大にして石面皓々たり。よく人の五臓をうつす。疾あるときはすなはちその形をあらはすとぞ。これらのたぐひとやいふべき

(意訳)鏡石というのは、物の姿をよく映して明らかにする怪石である。昔、唐土に仙人鏡という石があった。大きな石で、表面は皓々と輝いていた。それは人間の内臓の状態を反映し、病気のあるときはその形が現れるという。この鏡石もおそらくそのような種類のものであろう。

※五臓=心臓・肝臓・肺臓・腎臓・脾臓のこと。

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 へぇ~、表面が鏡のように光っていて、内臓に病気があれば映し出す怪石だというのです。挿絵に描かれている女性は姿がはっきりと映っていますから、もしや病気を患っているのでしょうか?

 これは不思議な石があったものです。ますます興味をひかれた私は、鏡石の現在の様子を確認するべく、鏡石の場所とされる「金閣寺の北、紙屋川のうへ」に出かけてみました。

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 金閣寺から北へ歩くこと10分弱、紙屋川(ただし、近くの「鏡石橋」には「天神川」との表示がありました)のそばに鏡石はありました。山沿いの、なんの変哲もない三叉路でした。

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 携帯のGPSに従うと、どうやら鏡石で間違いないようです。 

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 「え? これが鏡石?」 

 たしかに表面の一部は鏡のような平面ですけど…、思わず絶句です。

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 近くに寄ってみました。二百数十年前は「石面皓々たり」だったのかなぁ(笑)

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 横の電柱に「カーブミラー」がついているのは、「鏡石」を意識しているのかな? と思ったりもしましたが、まさかねぇ…、単に見通しが悪いだけだと思います。

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 帰宅後、調べてみてわかったことがあります。この鏡石、荷物を運んで前を通る牛が、その度に動かなくなるので、表面を松葉でいぶしてしまったというのです。牛も自分の病気を知って、恐怖におののいて動かなくなったのか? それとも自分の姿に見惚れたのか? いずれにしても当時の輝きは失われました。

 ホントかなぁ? と思いつつ、少なくとも、名所でなくなった理由は明確になりました(苦笑)

参考:新撰京都名所図会(竹村俊則著)、都名所図会(ちくま学芸文庫)

【944】

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