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2014年3月 8日 (土曜日)

「屁臭(へくさい)」…大田南畝の狂詩。

 江戸時代中期から後期にかけて活躍した文人大田南畝の狂詩です。

「屁臭(へくさい)」

一夕飲燗曝(いっせきかんざましをのむ)

便為腹張客(すなはちはらはりのきゃくとなる)

不知透屁音(しらずすかしべのおと)

但有遺矢跡(ただうんこのあとあり)

※燗曝(かんざまし)=燗をしたものの、冷めてしまった酒。

※矢=屎、糞便。「遺矢(いし)」で糞尿をもらす意。

意訳:ある日の夕方、“かんざまし”の酒を飲んだら、お腹が張って具合が悪くなった。そこで音も無くスカシ屁をしたつもりが…、気づいたらウンコの跡があった。

 この作品の元になった詩が唐詩選にあります。裴迪(はいてき)の「鹿柴」です。

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「鹿柴(ろくさい)」

日夕見寒山(にっせきかんざんをみる)

便為独往客(すなはちどくおうのきゃくとなる)

不知松林事(しらずしょうりんのこと)

但有麏麚跡(ただきんかのあとあり)

※麏麚(きんか)=鹿の類。

(意訳)夕方、殺風景な山を見て、じっとしていられなくなって独り山中に分け入った。松林に何があるのか知らないが…、気づいたら鹿の足跡があった。

 これはまた、なんとすばらしいパロディでしょう!(笑) 両方を比べてみて、思わず感動せずにはいられません!

 裴迪の詩の韻律、リズムを生かしているのはもちろんのこと、「鹿柴(ろくさい)」を「屁臭(へくさい)」、「寒山(かんざん)」を「燗曝(かんざまし)」と、読み下したときにもきっちりシャレになっています。元詩の「麏麚(きんか)」を「遺矢」に変えて「うんこ」と読ませているところなんか最高です。

 大田南畝全集によると、この詩には添え書きがあります。

○西の町のかへり、とうの芋でかんざましをのみ、途中の勝負少々利運をゑて、壱分の女郎を買に、二朱ほどの飯をくひ、腹のいゝあまりにうら心があり、かいばなしにはせんきのせいやら一すかしすかしければ、どうせうね、うんこの跡あり。

 ハハハ…、『どうしようね』って言われてもねぇ。うんこの跡は拭くしかないんじゃないのー(大笑い)

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 大田南畝(蜀山人・寝惚先生・四方赤良など多数の号あり)は狂歌師、戯作者として有名なほか、狂詩にも文才を発揮しています。特に下ネタや色ネタにおもしろい作品が多いのですが、時代背景の違いもあって解釈するのは難しく、私にはわかったようでわからないものばかりでした。この詩はすこぶるわかりやすくて笑えます。

※参考:大田南畝全集巻1(岩波書店刊)

【924】

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