五条の天神(京童より)
江戸時代のはじめに出版された、京都で最初の名所案内記「京童」に次のような記事があります。
○五条の天神
此御やしろは。少彦名命と申奉る。天下の萬物のやまひをおさめたまへる御神也。毎年せちぶんに人みなまうでゝおけら餅などうくるはやまひをのぞく例(れい)なり。もし又世のなか騒動の事あれば看督長のおひたる靭(ゆき)をかけられけるなり
【花もまだすくなひこなやをそざくら】
(新修 京都叢書第一(臨川書店刊)所収「京童」より)
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※少彦名命(すくなひこなのみこと)=神話に登場する神。大国主命(大己貴命)とともに国造りを行った。
※看督長(かどのおさ)=罪人を捕縛する役職。
※靭(ゆき)=矢を入れて背負う道具。靫とも。
(意訳)このお社は少彦名命をお祀りしている。天下の病気という病気を治めてくださる神様である。毎年節分に人々が詣でて“おけら餅”などをいただくのは、病気を除くためである。もし、また世の中に戦乱のことがあれば看督長が背負っていた靭をかけられるのである。
【はなもまだ すくなひこなや おそざくら】
…最後の句は、「京童」の著者中川喜雲の作と思われます。御祭神のスクナヒコナに「境内の花がスクナいのは遅桜のせいであろう」との意味をかけています。「京童」という本、物見遊山の案内書らしく、なかなかシャレた構成です。思わず笑いを誘われた筆者は、現在の五条天神がいかなるところか見てみたくなり、訪ねてみることにしました。
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五条天神は西洞院松原にあります。天神は「天の神」あるいは「天使」を意味し、菅原道真を祀った天満宮とは関係ありません。混同を避けるため「てんしん」と濁らずに読むともいわれています。
ビルに囲まれたこじんまりとした境内です。
少彦名命とともに、大己貴命(オオナムチ)、天照皇大神(アマテラスオオミカミ)をお祀りしています。少彦名命は、お酒・医薬などの神とされます。
境内にしだれ桜がありました。「京童」の記事のとおり遅咲きかと思いきや、すでに盛りは過ぎて葉桜になろうとしていました。いささかがっかりです(苦笑)
訪問時、筆者の外に参拝の人はありませんでした。「京童」は江戸時代はじめ明暦4年(1658年)の刊行とされています。およそ350年前には、京都でも有数の名所としてにぎわっていたのでしょうか。現在は、桜も一本だけと少ないですが、もっとスクナヒコナなのは参拝客のようです(笑) もっとも、その分ご利益を多く受け取れそうな気がします。義経記等によると、義経と弁慶は五条天神で出会ったことになっています。歴史的にも興味深いご利益スポットです。
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