さくら散る日さへゆふべとなりにけり(樗良)
江戸時代中期の俳人樗良(ちょら)の句です。
【さくら散る日さへゆふべとなりにけり】(さくらちるひさえゆうべとなりにけり)
(意訳)桜の散るのを見ているだけでも物悲しいのに、夕暮れを迎えてさらに寂しくなった。
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全体の調子がよいので、一度聞けば心に残ります。散る桜に名残を惜しんでいたら、知らぬ間に夕暮れ時を迎えてしまい、一層寂しさが増したというのです。
鑑賞にあたっては、「さくら散る」と「ゆふべ」をつないだ「さへ」がポイントでしょうか。現代語の「~さえ」には仮定の条件を感じて理屈っぽい印象を受けますけど、古語辞典によると「さへ」というのは「添へ」の変化したもので、単純にあるものの上に別のものを添加する意味だそうです。ここは、素直に順接にとっておきます。また、結句の「なりにけり」が効果的で、作者のため息が聞こえます。花を惜しむ心に夕暮れが重なり、余情となって一句に響きます。
…というわけで、今年の桜もほぼ散ってしまいました。名残惜しいです。
※参考:全訳古語例解辞典(小学館)
【969】
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