« はかなくて過ぎにしかたを数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける(式子内親王) | トップページ | 雀巣くふ石の華表や春の風(漱石) »

2014年4月 8日 (火曜日)

見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし(伊勢)

9552

 古今集春歌上より、伊勢の歌です。

「亭子院歌合の時よめる」

見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし

(みるひともなきやまざとのさくらばなほかのちりなんのちぞさかまし)

(意訳)花見にやって来る人もない山里の桜花よ。どうせならほかの桜が散った後で咲けばいいのに。

ーーーーー

 歌意は単純です。いわゆる桜の名所には、大勢の花見客が殺到しますが、奥深い山里の桜には、見に来る人がいません。ひっそりと開花し、満開を迎え、そのまま散ってしまいます。それが、いかにも惜しい。実際、美しさは変わらないのだから、同じ時期に一斉に咲くのではなく、名所の桜が散ってから咲けばいいのに。そうすれば、たくさんの人が見に来るだろう、というのです。

 結句の「後ぞ咲かまし」は「あとから咲けばいいのに」という投げやりな口調で、一斉に咲き、一斉に散ってしまう桜を擬人化しているようにも思えます。ただし、現代の感覚では、言ってることが幼稚で、人を感動させる歌ではないようです。

 この季節、日本中の桜が一斉に咲くからこそ美しいのかもしれません。あるいは、名所でなくとも、身の回りにあっと驚くきれいな桜を見かけることがあります。見る人のない桜を、だれにも教えず、自分だけがひとりじめするのもうれしいものです。

9551_2(大津市長等山にて)

【955】

« はかなくて過ぎにしかたを数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける(式子内親王) | トップページ | 雀巣くふ石の華表や春の風(漱石) »

勝手に鑑賞「古今の詩歌」」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし(伊勢):

« はかなくて過ぎにしかたを数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける(式子内親王) | トップページ | 雀巣くふ石の華表や春の風(漱石) »