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2014年4月17日 (木曜日)

我恋のあらはにみゆるものならば都の富士と言はれなましを(よみ人知らず)

 拾遺集巻十四恋四より、よみ人知らずの歌です。

「題知らず」

我恋のあらはにみゆるものならば都の富士と言はれなましを

(わがこいのあらわにみゆるものならばみやこのふじといわれなましを)

(意訳)もしも私の恋が目に見えてあらわになるならば、都の富士と呼ばれるであろうに。

ーーーーー

 「(こひ)」に「火(ひ)」をかけています。“私の心中に燃える、この恋の火が外に現れて見えるものならば、都の富士と言われるであろう。 そのくらいあなたのことを思っているのよ” との意味でしょうか。秘めた恋の歌と思われます。「都の富士」は比叡山を指します。京都市内のどこからでも見える比叡山を「あらはに見ゆる」たとえにしているわけです。

9641(双ヶ丘より望む比叡山)

 そんな比叡山も、眺望が悪くなくなった今、全景の見える場所を見つけるのが難しくなりました。

9642(鴨川より望む比叡山)

 眺望の開けた場所から眺めると、たしかに富士と呼ぶにふさわしい山容です。拾遺集にあるこの歌、江戸時代はじめの京都案内書「京童」の比叡山の項にも載っています。ただ、現在の京都では、比叡山を「都の富士」と呼ぶ人は少ないように思います。

【964】

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