「格安の部屋」(創作)

                                                ほととんぼ

 

 その旅館の一室しかない離れの和室には、幽霊が出るといううわさがありました。宿泊客のうわさがうわさを呼び、次第にお客さんの数は減っていきました。やむを得ず旅館では、和室の値段を格安にしていました。

今夜、その部屋に泊まったのは、卒業旅行中の仲良し女の子4人組です。

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  「ねえ、この部屋、どうしてこんなに安いか知ってる?」

  「知ってるわ。幽霊が出るっていううわさがあるんでしょう」

  「幽霊が出るって、そんなこと信じてるの」

  「平気、平気。幽霊なんて、存在しないって」

  「ホント、馬鹿みたい。それより今日は楽しかったね」

  「わたし、もう笑いが止まらなくってさぁ…」

 彼女たちは、旅行中の楽しかった思い出をそれぞれに語り、大きな声で笑い、幽霊のことなど忘れたかのように夜遅くまでお酒を飲んで過ごしました。

 「そろそろ寝ようか」

 「うん、ちょっと飲み疲れたね」

 「私は、笑い疲れたわぁ」

 「でもさ。幽霊って、どんな幽霊なんだろう。やっぱりちょっと気になったりしてぇ」

 「へー。あなたも幽霊のことを考えてたんだ。実は私もいま考えてたのよ」

 「何でも、昔この部屋に泊まった人が、自殺したことがあるんだって」

 「え〜っ、ほんとに! この部屋でなの!」

 「なんだか、気味が悪いね」

 彼女たちも多少は怖かったのでしょう。時刻は深夜零時を過ぎていました。ふとんの中に入ってはみたものの、なかなか眠ることが出来ません。照明を消しても目は冴えるばかりです。

「何だか眠れないね。今から4人でゲームしない?」

「ゲームってどんな?」

「友情を確かめるゲームよ。この真っ暗な中、4人がひとりずつ部屋の隅にいくの。そして最初の人が、壁伝いに黙って次の角のところまで行って、そこの人の体を『ぽん』とたたくの。たたかれた人はそれを合図に次の角へ行って、その人の体をたたく。また、たたかれた人は次の角へ、というふうに順番にぐるぐる回るの。暗闇の中で友達どうしの連帯感を高めるのよ。もちろん一言も声を出しちゃだめだし、笑ってもだめよ」

「わかったわ。なかなかおもしろそうじゃない。暗闇の中なのがちょっと怖いけど、逆にいいかもね。どうせ眠れそうにないからやってみようよ」

「いいわ。じゃあ私はこっちの隅へ行くね」

「私は向こうの隅に行くわ」

「始めましょう。スタートするよ。今からはしゃべっちゃだめ」

彼女たちは、暗闇の中、無言でゲームを始めました。壁伝いにぐるぐると、『ぽん』、『ぽん』とたたきながら…。

そして翌朝、彼女たちはフロント係の人に話しました。

「あの部屋には幽霊が出るっていううわさがあるそうだけど、何も起こりませんでしたよ」

「いやぁ、ごぞんじでしたか。実は結構怖がるお客さまがいて、値段を格安にしているのですが、以前、若い女性があの和室で自殺したのです。で、皆さんは何をして過ごされたんです?」

「遅くまでゲームをしていました」

「4人が真っ暗な部屋の隅にちらばって、壁伝いに次の隅まで行って体をたたきます。たたかれた人はそれを合図に次の角へ。その人はさらに次の角へ。そうしてぐるぐると一晩中回っていたんです」

「結局いつのまにか眠ってしまったけれど、何も起こらなかったわ」

その話を聞いたフロント係は、目を白黒させて言いました。

「やっぱりあの部屋には幽霊が出るんだ!」

「そんなぁ。何も起こらなかったですよ」

「だって、よく考えてみて下さい。そのゲームは4人ではできないはずです」

「なんですって!」

女の子たちは、目を見合わせて固まってしまいました。

「そ、そうでしょう。そのゲームは5人いないと出来ないんです。4人目が一番始めにスタートした人の角に着いたとき、そこにはだれもいないはずです。始めの人は次の角に移ってるんですから!」

「でも、私たちはぐるぐる回り続けた。だとすると、4番目の角にだれかがいたことになるのね。いったい、だれがいたっていうの!」

「自殺した女性は、友達に仲間はずれにされたことを悲しんで、悩んでいたと聞いています。どうして私が仲間はずれにされなければならないのかわからない、っていう遺書があったそうです。だからきっと、皆さんと友達になって一緒に遊びたかったんですよ。それも一晩中!」

「きゃーっ!」

「それって、ゆ、ゆ、ゆうれいが出たってこと?」

4人は、その場に崩れるように座り込んでしまいました。

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 いったい5人目はいたのでしょうか。それはだれにもわかりませんでした。